論文書くのがだいぶかったるくなってきたので(なんか、フィギュアをちょっと調整したり、書くの忘れてたどうでもいい部分を加筆したり、いまいちモチベーション沸かないタスクが増えてきました)、別プロジェクトに関連した実験を再開しました。ELISAという非常にシンプルな、医学研究101みたいなアッセイですが、サンプルによって気をつけるべき点などがあり、だいぶ前に見つけた論文をもとに、既存のキットに一工夫を加えて系を安定させたうえで、目的の実験を遂行するというステップを踏みました。先週の終わりぐらいに、予行演習をして、本日本番に望みました。非常に安定した結果が仮説通りに出たので、大変満足です。やっぱりこうして、単にプロトコルに沿うのではなく、ちょっと一工夫をしたうえで(その工夫に意味があることを証明しつつ)実験を遂行するというのが、医学研究の醍醐味の一つですね。大変満足です。
Public viewing
最近、フレデリック・ダグラスの自伝を読んでいます。フレデリック・ダグラスさんは、19世紀に南部の奴隷として育ち、後に政治家になる偉人で、ロチェスターの空港はフレデリック・ダグラス空港という名前がついています。まだ途中なので、いまだ奴隷牧場から逃げておらず、苦難の時代のパートなのですが、途中でちょっと優しめの家に住んで文字が読めるようになったと思ったら、再び野蛮極まりない牧場に連れ戻され、理不尽な労働と鞭打ちに耐え忍ぶ生活にもどることで、かえって絶望が深まる様子は読んでいて大変辛いものがあります。人生とはいったい、何なのでしょうか。
さて、今日は、昨年加入したばかりのテクニシャンの最終日でした。彼は基本、自分からは誰とも話さない寡黙な人なのですが、喋ると結構止まらない奴でして、結構夕方に話しかけて夜までくだらない話で盛り上がったりしたこともありました。残念ながらPIの管理能力のなさで予算が減っていくなかで、言ってしまえばリストラの対象になってしまったという顛末です。そのことについても(ヒソヒソ)話したりして、こっちのテクニシャン達の不安定な雇用環境について色々教えてもらいました。というわけで、個人的には結構気に入っていたので、最終日に合わせて先週末にラボの友達とプレゼントを買いに行きました。直前に好きなコーヒーについて会話をしていて、smoothなコーヒーが好きだと言っていたので、パッケージに"smooth, fruity, bold"と書かれたスマトラコーヒーの豆を買って、"smooth"のところをマジックで丸を描いて強調して机に置いておいたら、結構喜んでくれました。
で、オチっていうか、笑い話なのですが、なんと我々とラボを共有してるジュニアPIのもとで再雇用されることになり、特に何も変わらないことになりました。
断崖絶壁
ついにPIと喧嘩してしまいました。実に情けない喧嘩でしたが。。。
私、だいたい論文を書いて、いやもちろんまだまだ修正が必要なのはわかったうえで、添削をお願いしていたんですけど、なんかAbstractちょこっと直されただけで、それ以外はメールで「It is hard to follow the narrative」の一点張りで、全く具体的な修正箇所を指摘してくれないという状態が続いていました。しかも、この間、ラボミーティングがちょうど私の番だったのでそこでも改めて、これまでの経緯も含めてだいぶ丁寧に説明したのに、その後のミーティングでも相変わらず、「It is hard to follow」とバカの一つ覚えのように繰り返され、さすがに私も頭に来て、『ソーシャル・ネットワーク』の感じで「Which part?」と聞き返すほどでした。
後日、1対1の面談。
ボス「ACRのポスターの準備があるから、それでまた論文に向けて考えを整理できるかも」
私「私の考えは論文にもう書いてあります My thoughts are all in the manuscript!」
ボス「いやまぁ、ちょっとそんなに怒らないで。みんな論文書くときは、こんな感じで時間かかるから」
私「へぇ?Nothing makes senseな論文が当たり前なんですか?」
ボス「そうは言ってない。It is hard to follow the nerrativeと言っただけ」
私「I don't change the narrative! I have presented many times over time! And if you still think it is hard to follow, it means nothing makes sense to you!!」
退室。
ぎえええええええええええええええええええええええ
Insanity pretending normacy
うーむ、ラボでの仕事をラップアップしつつ、移動先のラボとも連絡とったり、先行研究を把握したりしていて、いわゆる過渡期にあってややそわそわしています笑
先日は韓国映画のHOPEを見ましたが、これが久々に大当たりでした。監督のナ・ホンジンはあまりコンスタントに映画撮ってませんが、どれも面白いです。2009年だったか、高校時代の友達と見た『チェイサー』、あれは暴力的で最高でした笑
ところで最近、なんか病気というか、強迫神経症的な感じがあります。いや何って、しばらく前から髪を自分でカットしているんですが、今までは上、横、前をそれなりに頑張りつつ、後ろは適当にガーっとバリカンで剃って、それでもまぁ大丈夫な感じではあったんです。ただ、なんとなく後ろもハサミでチョキチョキやっていたら、なんかだいぶやばくなったんですが、なんていうか(笑)、切るのが止まらないというかw、テキトーにやったらぐちゃぐちゃになると頭でわかっているのに、なぜか衝動的に後ろの髪をチョキチョキ切ってしまうんですよね。これ、何なんでしょうね。何かの破壊衝動なのか何なのかよくわかりませんが、いやさすがにこれ以上やったら、というところでやめときました。文章だとあまり伝わりませんが、なんというか、2-3日に一回、無性に髪を切りたくなって、切って、あ、やべってなって、また2-3日して切って、みたいなことを繰り返していて、若干、強迫神経症っぽい感じだなと思い始めています。ストレスでしょうか笑 そのうちストレスで勝手に毛が抜けるかもしれませんが、ちょっとしばらく触らずにおこうと思います。
さっき書いたHOPEですが、どうやら日本では来年公開。。なんか、ここ数年(いや今までもか)、韓国、アメリカ含む洋画の日本公開がだいぶ怪しくなっていますね。私がこっちで見た気にいった映画も、なかなか日本で公開されず。しかしじゃあ巷でいうような洋画離れなのかというと、まぁそういう面もあるのでしょうが『シラート』が大ヒットしたりはするんで、まぁかなり、これは!っていう作品じゃないとなかなか公開されない時代になったのかもしれないですねぇ。こっちではもうすぐ黒沢さんの黒牢城が公開します。
スモーカー
ソファが届きました。

だいたい想像していた通りの感じで、座り(寝)心地もいいですし、この固めの背もたれが本当にちょうど良いです。あとは、ちょうど良い高さのコーヒーテーブルがあれば、くつろぎながら論文書けます笑
Grocery
週末、オハイオ州のシンシナティに行ってきました。大学時代の友人が留学しているのと、ちょうどシンシナティ・オープンを開催中だったので、決勝を見に行きました。チケットは2階席で200ドルぐらいなのですが、その日の試合は全部見れるので、そこまで高くはないような気はしました。中庭みたいなところでライブコンサートが開かれてて、ケータリングでいろんなフードも食べれます(これは高いですが笑)し、なによりそんなに混んでない、というのがちょっと驚きでしたが大変良い点でした。たぶんマイアミ・オープンとかになると激混みなんじゃないかと想像しますが、中規模都市シンシナティならではの利点な気がします。とはいえシンシナティは結構大きくて、ロチェスターなんかより賑わっていましたw ただ、かなりの自動車社会という印象で、空港までも車で40分かかりますし、ダウンタウンに行くバスなんかもないので、自転車ユーザーにとってはロチェスターの方が便利なのかもしれません。
飛行機で論文が進んだのでよかったです。ところで、国内旅行のときは大体ホリデイインに泊まってるのですが、今回もホリデイインでした。安いのに、朝飯ついて、室内も広くて大変お気に入りです。足を伸ばせるタイプのソファーに半寝状態で論文書きまくりました。で、そういえばあと2年以上住むの確定だし、ソファーぐらい買うかと思って、さっそく同じタイプのソファを注文してしまいました。
今日からラボに復帰です。ラボにきた途端に論文の進捗が停滞しました笑
ところで、私、こっちにきてからフローサイトメトリーという実験については相当色々と学習して、あらゆるトラブルシューティングができると言っても過言ではないレベルに到達しておりまして、ことあるごとにTipsをラボでも共有してきたのですが、なんというか、全然誰も私から学んでいないんですよね。今日はPhDの学生が私の向かいの席で他の人に相談している内容を聞いて、一瞬で問題を把握して、データも見てないのに、「それ、〜のところでエラーが起きているはずだから、Y軸をこれに変更して見てみな?」とブラインドで解説して問題を解決してしまいました笑 まぁそれはいいんですが、他にも、PhDの学生がシニアスタッフに相談しているのを聞いていましたが、前にかなり強調して解説したことを全く理解していない様子で、何もわかっていないから議論の内容もどんどん的外れな方向に行っていて、数ヶ月前だったら話に割り込んで解説していたのですが、もう処置なしという感じで無視していました。
少ない残り物
もう8月ですね。現在のラボにいるのもあと3ヶ月ということになりました。まぁラボ内の学生は一切言うこと聞かないし、口だけは達者で順調に人をムカつかせてくるので、後腐れなく去ることになると思いますが笑、残ってる論文や実験の区切りを3ヶ月でつけないといけないので、ちょっと忙しくなるかもなぁと思っています。
ところでこれはポスドクあるあるだと思いますが、PIが変なタイミングで変な提案をしてくるということがよくあります。どうやって右から左に受け流せばいいのか、結構今まで試行錯誤していて、結構キレそうになることもありましたが、最近は"That would be the next project" 「それは次のプロジェクトで(あなたが別のポスドクとやれば良いじゃない)」、と言うと黙ることがわかりました。大変便利です。
この前の記事に書いた気がしますが、今読んでるAIについての本、実は2020年に書かれた本なので最近のAIくんたちの進歩まではカバーしていませんが、AI研究の根本的なハードルは昔から変わっていないという趣旨は特にそのまま通用する気がします。個人的に面白かったのが、AIの話では必ず出てくるチューリングについて、一般書よりも詳しく書かれている点で、著者によると戦前のチューリングの知性の定義にあったintuition 直感の部分が、戦後になって消えてしまい、最終的に単なるproblem-solvingと同じ意味になってしまって、それが後年のAI研究者の知性理解にも影響をしているんじゃないかと語っていました。
この前Guardianに載っていましたが、AIによって人間の仕事がなくなるという話がだんだん後退してきてるらしいです。その要因の一つが、O-ring argumentという説で、これはNASAが80年代に飛ばしたスペースシャトル、チャレンジャー号が離陸してすぐに大破してしまったという事件から来ています。具体的には、後の調査で、たった数ミリのO-リングが、一定以下の気温のもとでは変形してしまったことが事故の原因であることがわかり、そこから「どんなハイテク技術に囲まれていても、Oリング一個の不具合で全てがパーになる」というO-ring argumentということが言われるようになったそうです。多くの仕事においても、どんなにハイテク高性能のAIが人間の99%の仕事を代替できたとしても、1%の取りこぼしがあると、全体として全然生産性が上がらない場合が稀ではないということなんですね。なるほどなぁと思いますが、まぁ確かにお医者さんの仕事を振り返ってみても、専門知と生活実践の間を常に行き来するわけですから、いくら国家試験満点とか言われても、それで代替できるということにはならないんですよね。と、言ってられるのもいつまでなのか知りませんがw
AIの話でいうと、よく意識があるのかみたいな話がありますよね。そういう話をめぐる討論番組をyoutubeでみていたら、とあるオランダの哲学者が、「いや、AIはあくまで意識のシミュレーションであって意識そのものとは違うだろ。じゃあなんだ、私のコンピューターが人間の排尿を完璧にシミュレーションできたら、このコンピューターは排尿していることになるのか」と言っていて、笑ってしまいました。