Smoky life in Rochester

Rochester大学にポスドク留学中の日記。膠原病専門。

逃げる

あけましておめでとうございます。

年末は家で映画を見ていました。ここ数年、必ず年の瀬にはイーストウッドの『ハドソン川の奇跡』を見ています。あの美しいニューヨークの冬景色が見たくなるというのもありますが、サレンバーガー機長のプロフェッショナリズム、トラウマを生きること、街の人々の反応、どれも見事に描かれていて、一年に一回はこれを見たくなりますね。

 

石巻赤十字病院で研修をしていたとき、毎年災害時の訓練がありました。被災者の役でボランティアが歩いてくるという形式もあるのですが、重症のセクションだと、症状と状況が書かれた紙だけ貼っつけた人形がタンカーで運ばれてきて、それに応じて指示を出すというような訓練もあります。まだ震災から数年しか経っていなかったということもあってか、その人形の処置をめぐって、みんなびっくりするぐらい真剣になるんですよね。こういった経験もあってか、非常時こそ自分の仕事をこなすプロフェッショナリズムは胸に迫るものがあります。

 

サレンバーガー機長は紛れもないヒーローなのですが、映画はこのヒロイックなイベントの直後、悪夢にうなされるサレンバーガーの描写から始まります。人間は一度死の淵を覗き込むと、いくら生還してもそのダメージは計り知れず、しばらくはその死を生きてしまうことになるのでしょう。劇中にサレンバーガーが言うように、「まるで現実と夢がないまぜになっているような」(I'm having a little trouble separating the reality from what the hell it is)感覚が続き、周囲のサポートがなければ孤立してしまいます。この映画では出来事を順番に描くのではなく、時制を交錯させながら、断片的に当時の出来事を綴っていきますが、これも過去が現在まで引きずっているような感覚を持たせる効果があり、ずっと緊張しながら見ることになります。『スウィート・ヒアアフター』という、スクールバスの事故で子供達が犠牲になる事故とその余波を描いた美しいカナダ映画がありますが、これも同じように時制を交錯させることで、見る者に緊張を強いる作りになっています。


上述のようにサレンバーガーは生還後に何度か悪夢として、実際に飛行機がニューヨークの街の中に突っ込んでしまう場面を見てしまいますが、「あのときはうまく行ったけど、一歩間違えれば・・・」というのは割と誰にでもあるのではないかと想像します。臨床現場でも、緊急で対応しなきゃいけない場面とか、急にバイタルが崩れて心停止しかけたりとか、結果的に救命できても、何度かその場面が頭でリプレイされるということはあるかと思います。
パイロットも、そして乗客も含めて、誰もこのような状況の訓練は受けておらず、初めての経験で全員生還したのだ」というサレンバーガーのセリフがあるように、映画は単にサレンバーガーだけを英雄として描くのではなく、不時着後に脱出し、生還した155人の乗客全員を「自分のやるべき仕事をした人たち」として描いているように見えます。なので、出てくる人々全員に、尊厳があるんですよね。こういう映画ってなかなか無いと思います。
映画として巧いなと思うのが、ハドソン川に飛行機が不時着した直後、一瞬だけ静かになりますが、その一瞬の静寂の後、サレンバーガーがコックピットのドアを開けて、"Evacuate!"と沈黙を破ると、乗客もスイッチが入ったかのように急いで逃げようとし、CA達もその場でやるべきことを淡々とこなしていくのです。実際どうだったかはわかりませんが、この"Evacuate!"の号令とともに、身体が動き、もう一度生きることを諦めないために出口を探す、「仕事をする」というこの流れがあまりにも感動的です。詳しくは言いませんが、生還後のサレンバーガーの"One fifty five"という言葉の重みが凄まじく、このシーンでは涙を禁じ得ません。


今回の地震でも、NHKのアナウンサーの「今すぐ!逃げて!」という言葉がネットで称賛されていますね。素晴らしいと思います。
「逃げろ!」とか「逃げて!」という言葉はなぜか感動的ですよね。

 

大声で「逃げろ!」と叫ぶ場面がある映画を2本知っています笑

一つが、『マイノリティ・リポート』で、もう一つが『ボーン・レガシー』です。全体的には前者の方が面白いですが、後者の「Ruuuuunn!!!」とレイチェル・ワイズが叫ぶシーンはなかなか凄いです。でもいずれにしても、「逃げろ!!」と叫ぶ人の思いが、それを聞いた人をビビビっ!と奮い立たせるというところに、言葉以上のコミュニケーションがあるように思います。逃げる本人も、その号令を聞いたからにはなんとしても逃げ切るぞ、となるわけで、基本的には自分のために生還するのが第一ですが、叫んでくれたあなたのためにも生還するんだ、という余剰が生まれますよね。そこが感動的なのかもしれません。

 

(追記)悠長なこと書いてたら本当に羽田で事故が起きて驚きましたが、旅客機の方は全員脱出したとのことで、本当に良かったです。しかし保安庁の方は死者が出ており、今後は飛行機事故として調査が行われるのでしょう。
色々うだうだ書いたわけですが、要するに「危険から逃げる」っていうのは凄いことなんです、多分。

ヒューマンエラーについては、シドニー・デッカー『ヒューマンエラーは裁けるか』という本がとても勉強になります。